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秋田地方裁判所大曲支部 昭和53年(ワ)77号 判決

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、

原告三浦利助に対し、金一七八万三七九五円及びこれに対する昭和五三年六月一六日から完済まで年五分の割合による金員を

原告三浦恭一に対し、金一七九万二八九〇円及びこれに対する昭和五五年一一月八日から完済まで年五分の割合による金員を

原告永井ヒサに対し、金一三一万〇八〇〇円及びこれに対する昭和五六年二月五日から完済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告組合は、昭和四八年八月一日、花館農業協同組合(以下、花館農協といい、他の農業協同組合も同様に表示する)、大曲農協、大川西根農協、藤木農協、四ツ屋農協、四ツ屋北部農協、角間川農協の合併により新設された。

2  原告三浦利助は昭和二三年八月一五日、原告三浦恭一は昭和二九年五月一日、原告永井ヒサは昭和二七年四月一日、いずれも花館農協に職員として就職し、右合併以後は被告組合の職員として引き続き勤務してきたものであるが、昭和五三年五月三一日原告三浦利助が、昭和五五年一〇月三一日原告三浦恭一が、昭和五六年一月三一日原告永井ヒサが、それぞれ定年により退職した。

3  合併前の花館農協には、退職者に対し、退職当時の月俸を基準月俸とし、これに在職年数に応じた別表2赤枠内記載の支給倍率を乗じて算出された退職金を支給する旨の就業規則、職員退職給与規程(以下、花館規程という)が存したところ、昭和四九年三月二九日被告組合は職員退職給与規程を作成(以下、新規程という)し、合併後の職員の退職金支給基準を別表2青枠内記載のとおり新たに設定するとともに、昭和四四年三月三一日当時合併により消滅した七農協に在職していた職員に対する退職金の支給倍率を別表1記載のとおり改め、これを昭和四八年八月一日に遡つて適用した。

4  前項の改訂により、勤続年数二九年一〇月、基本月俸二一万一一〇〇円の原告三浦利助は退職金の支給倍率で八・四五、退職金額で一七八万三七九五円を、勤務年数二六年六月、基本月俸一九万八〇〇〇円の原告三浦恭一は退職金の支給倍率で九・〇五五、退職金額で一七九万二八九〇円を、勤続年数二八年一〇月、基本月俸一八万〇八〇〇円の原告永井ヒサは退職金の支給倍率で七・二五、退職金額で一三一万〇八〇〇円を低減される結果となつた。

5  そうすると、新規程による退職金支給基準の変更は、花館規程において有した原告らの既得の権利を奪い、一方的に労働条件を不利益に変更するものであつて、変更前より雇用されていた原告らに対してはその同意がない限り変更の効力が及ばないと解すべきところ、原告らはいずれも右変更に同意していないから、原告らの退職金については花館規程に基づいて算出、支給されるべきである。

6しかして、花館規程によれば、原告三浦利助の退職金の額は一三五一万〇四〇〇円、原告三浦恭一のそれは一〇八九万円、原告永井ヒサのそれは一一〇二万八八〇〇円となるところ、被告組合は、昭和五三年六月一五日原告三浦利助に対し一一七二万六六〇五円の、昭和五五年一一月七日原告三浦恭一に対し九〇九万七一一〇円の、昭和五六年一月三一日原告永井ヒサに対し九七一万八〇〇〇円の、各退職金を支払つたのみである。

よつて、被告に対し、原告三浦利助は退職金一三五一万〇四〇〇円のうち既に支払をうけた一一七二万六六〇五円を控除した残額一七八万三七九五円とこれに対する支払期日の翌日である昭和五三年六月一六日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、原告三浦恭一は退職金一〇八九万円のうち既に支払を受けた九〇九万七一一〇円を控除した残額一七九万二八九〇円とこれに対する支払期日の翌日である昭和五五年一一月八日から完済まで同様年五分の割合による遅延損害金を、原告永井ヒサは退職金一一〇二万八八〇〇円のうち既に支払を受けた九七一万八〇〇〇円を控除した残額一三一万〇八〇〇円とこれに対する支払期日の翌日である昭和五六年二月五日から完済まで同様年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否など

1  請求原因1ないし4の各事実は認める。

2  同5の主張は争う。

(一) 新規程は、原告らが主張するように、花館規程を原告らに不利益に変更したものではない。

なるほど、退職金の支給倍率を単純に比較すれば、新規程は花館規程を原告らに不利益に変更したといえなくもないが、新規程の作成と前後し、被告組合は、それまで低額であつた花館農協職員の月額給与を最も高額であつた大曲農協職員のそれに逐次是正したほか、被告組合の就業規則において花館農協の男子職員の定年を一年間、女子職員のそれを三年間延長し、定休日、特別休暇、扶養手当、管理職手当、職務手当、技能手当、慶弔見舞金(但し、本人死亡の場合における弔慰金を除く)、傷病見舞金、出張旅費などについて花館農協の就業規則、諸規程よりいずれも有利に改訂され、これら規則、諸規程の実施によりもたらされた原告らの利益を不問に付し、単に退職金の支給倍率が減じられたことのみを取上げて不利益変更というのは該らない。

因みに、原告らが被告組合の就業規則、規程の実施により得た利益は次のようなものである。

(1) 合併に伴う給与の是正措置により、合併当時八万五七〇〇円に過ぎなかつた原告三浦利助の月額給与は逐次是正され、僅か五年後の退職時には二一万一一〇〇円と大巾に増額され、原告三浦恭一は昭和四九年六月二八日から退職時までの間に五回にわたつて月額給与が合計一万六〇〇〇円引上げられ(調整額)、この間の引き上げ分として合計七三万九六〇〇円の給与所得を得たほか、これが特別手当(賞与)及び退職給与金にもはねかえり、その総額は一八一万九五五〇円にも達し、被告永井ヒサは昭和四九年六月二八日から退職までの間に七回にわたつて月額給与が合計一万九四〇〇円引き上げられ(調整額)、この間の引き上げ分として合計九二万八四〇〇円の給与所得を得ているほか、これが特別手当(賞与)及び退職給与金にもはねかえり、その総額は二四四万二八二〇円にも達している。

(2) また、被告組合は、合併後、花館農協職員の諸手当を増額したが、この結果、原告三浦恭一は花館農協の職員としてとどまつたときに比し、退職時までに合計五六万六八四六円の利益を得ている。

(3) 更に、花館農協職員の定年は、男五七年、女四五年であつたが、被告組合の就業規則により男子職員の定年を五八年、女子職員のそれを四八年と定められたため、原告三浦利助、同三浦恭一は一年間、原告永井ヒサは三年間、それぞれ定年が延長され、その間被告組合に勤務し、原告三浦利助は三五九万九九六〇円の、原告三浦恭一は三六一万八一八一円の、原告永井ヒサは九〇九万二七〇七円の給与所得を得ているが、もし、原告らが花館農協所定の定年で退職していたとすれば、右給与所得はえられたかどうか疑わしいといわなければならない。

(二) 仮りに、新規程が原告らに対し不利益変更に該るとしても、当該規則条項が合理的なものである限り、原告らがこれに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されないと解すべきである。

被告組合は花館農協外六農協が合併して発足したものであるが、合併当事組合の給与規程、退職給与規程を始めとして就業規則が区々であつたため、発足にあたつては、合併当事組合の各参事(因みに、原告三浦利助は花館農協の参事であつた)が、協議を重ねて被告組合の就業規則、退職給与規程を始めとする諸規程の原案が作成され、合併当事組合の理事全員で構成された設立委員会において制定されたものである。そして結局、給与規程も退職給与規程も当時最も財政事情がよく経営基盤の堅固であつた大曲農協の諸規程に概ね準拠したものである。

従つて、仮りに新規程が原告らに対して不利益変更に該るとしても七農協が合併するために変更されたものであり、前記のとおり他の労働条件が原告らのため有利に改められているなど合理的理由があるから、新規程は原告らにも適用されるべきである。

3  同6の事実は認める。

第三  証拠(省略)

理由

一  請求原因1ないし4の各事実は当事者間に争いがない。

そうすると、新規程による花館規程の退職金支給基準の変更は、原告らに対し不利益な労働条件を課することになつたとい

わざるを得ない。

被告組合は、新規程の作成が不利益変更に該らない旨縷々主張するが、本件の如く、就業規則に基づく退職金規程により支給の条件及び範囲が明確に定められ、これに従つて一律に支給されなければならないものである限り、退職金は賃金にほかならず、労働者が就業規則に基づき所定の退職金を受ける地位は既得の権利といつて妨げないとともに、この退職金に関する定めが重要な労働条件に属することは多言を要せず、使用者が退職金に関する就業規則、規程を変更し、従来の基準より低い基準を定めること自体、労働条件の不利益な変更に該るといわなければならない。

二  ところで、等しく労働条件といつても明示の契約や労働協約といつた対向する当事者の意思の合致により獲得されたものもあれば、事実上の取扱いが継続されたにすぎないものや、本件におけるように就業規則上定められたものもあり、更には労働条件の変更を必要とする事業所の事情、変更により受ける労働者の不利益の程度は多種多様であつて、これらの個別的要素を捨象し、就業規則及びこれと一体をなす諸規程の不利益変更は、労働者に対してその同意がない以上、効力が及ばないとするのは、就業規則の性質、機能、更には解雇の自由が大幅に制限されている現時の雇用状況に照らして実際的ではなく、前記諸事情を勘案し、当該規則条項に合理性が肯認される限り、個々の労働者の同意を得るまでもなく、これを一律に適用することができると解するのが相当である。

そこで、新規程が合理的なものであるかどうか検討するに、成立に争いのない甲第二、第三号証、第一一号、乙第二ないし第九号証、第一二号証、第一八号証の一、二、第二四ないし第二七号証、第二八号証の二、証人池田忠、同斉藤孝輔、同伊藤良夫、同伊藤義成、同富樫源治郎、同藤田正(第一、二回)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

1  合併当事組合の就業規則及びこれと一体をなす給与、退職金、旅費、慶弔見舞規程の定めが区々であつたため、合併に際してはこれら規則、規程を統一し、労働条件の格差を是正することが不可欠の急務となつた。

2  しかして、合併当事組合は、参事会、組合長会、合併協議会などを組織し、新たな就業規則、諸規程の作成に向けて作業を進めたが、給与規程と退職給与規程、殊に後者については花館農協職員と他の六農協職員との間に別表2記載のとおりの相違があり、合併期日までの調整が困難であつたことから、合併後、慎重な検討をまつて作成することとした。

3  ところで、秋田県下の農業協同組合の退職給与規程は秋田県農業協同組合中央会の指導によつて作成され、その規定内容は花館規程と同一であつたが、経済事情、社会情勢の推移に伴つて安い給料、高い退職金の見直しが叫けばれるようになり、右中央会においても、昭和四一年一一月以降、県下の農業協同組合に対し、職員給与の公務員並引き上げと退職金支給基準の適正化を図るべく給与規程、退職給与規程を連動させて改正するよう勧告、指導し、昭和四三年四月一日から翌四四年五月六日までに、合併当事組合中花館農協を除く六農協が右中央会の指導に沿つた改正(但し、職員給与はいずれも公務員並とならなかつた)を実施したため、退職給与規程については花館農協との間に前記の相違が生じるに至つた。

4  そこで、被告組合は、花館農協職員、あるいはその労働組合と協議、交渉を重ね、その取扱いについて検討したが調整がつかず、原則的には前記中央会の指導に従うこととし、職員給与については、職員相互間の格差はもちろん公務員給与との格差をも是正すべく、大曲市職員給与表及び昭和四九年三月三一日当時、合併当事組合中最も給与の高額であつた大曲農協職員の給与に依拠して調整し、予算の枠内で可及的速かに実施することにしたうえ、退職給与規程については別表1記載のとおり昭和四四年三月三一日当時合併当事組合に在職していた職員に対する特例措置を設け、退職給与規程の変更によつて生ずる不利益の軽減を図つた。

5  新規程は、以上のように七農業協同組合の合併に伴つて生じた労働条件の格差を是正、統一する必要上、就業規則、給与規程、慶弔見舞規程、旅費規程とともに作成されるに至つたものであり、これら規則、規程は花館農協職員の給与、停年、定休日、特別休暇、扶養手当、管理職手当、職務手当、技能手当、本人死亡の場合を除く慶弔見舞金、出張の旅費、手当を有利に変更している。

6  合併に伴う給与の是正措置の結果、原告三浦利助は合併時八万五七〇〇円であつた月額給与が退職時までの四年九ケ月の間に行なわれた三回の特別調整と定期、特別昇給、ベースアツプにより退職時には二一万一一〇〇円に増額され、原告三浦恭一は昭和四九年六月二八日から退職時までの間に、五回にわたつて合計一万六〇〇〇円の給与調整(因みに、定期昇給、特別昇給、ベースアツプは含まない)が行なわれ、この間の引き上げ分として合計七三万九六〇〇円の給与所得を得たほか、これが特別手当(賞与)及び退職給与金にもはね返り、これを加えるとその総額が一八一万九五五〇円に達し、被告永井ヒサは昭和四九年六月二八日から退職までの間に七回にわたつて合計一万九四〇〇円の給与調整が行なわれ、この間の引き上げ分として給与、賞与、退職金を併せ、総額二四四万二八二〇円の所得増となつている。

7  また、花館農協職員の定年は男五七年、女四五年であつたが、被告組合の就業規則により男子職員の定年を五八年、女子職員のそれを四八年と定められたため、原告三浦利助、同三浦恭一が一年間、原告永井ヒサが三年間それぞれ定年が延長され、その間被告組合に勤務し、原告三浦利助は三五九万九九六〇円の、原告三浦恭一は三六一万八一八一円の、原告永井ヒサは九〇九万二七〇七円の給与所得を得ることができた。

8  新規程の実施に伴つて生じた原告らの前記不利益は、以上のような労働条件の改善、殊に、給与の引き上げと定年の延長によつて相当程度緩和されるに至つた。

以上の各事実が認められ、これら諸般の事情に鑑みれば、被告組合が新規程の作成により花館規程を原告らに不利益に変更したことについては合理的な理由があるといわなければならない。

三  そうすると、新規程の適用がないことを前提とする原告らの本訴請求は、その余の点に言及するまでもなく、いずれも失当として棄却を免れない。

よつて、民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

別表1

〈省略〉

別表2

〈省略〉

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